走馬灯のように
2017年08月12日 (土) | 編集 |
 台風5号の進路が心配でしたが、8月9日にはほぼ過ぎ去って、全国的に穏やかな天候が戻り安心させられました。というのも8月9日から今日までの3泊4日の日程で石川県宝達志水町にある「ウエルネス能登路」を会場にEMFサマー・キャンプが開かれたのです。
EMFとはEvangelical Medical Fellowship福音主義医療関係者協議会の略で、聖書信仰に立つ、医療関係者・社会福祉関係者の集まりです。医師・看護師・ケアマネージャー・医学看護学関係者・介護や福祉の専門家など広義の医療に関わる方々のフェローシップ(交わり)です。その夏のキャンプが今年は初めて石川県で開催されたのです。
 昨年の10月、内灘聖書教会の森河莉央さんからメールが入り、そのキャンプの講師として来てほしいとのことでした。莉央さんは、1歳の時からお母さんに連れられて教会に来ている私の孫のような存在です。可愛い孫のお願いをじいちゃんは断ることなんかできません。莉央さんがこのキャンプの準備委員長だということで、ますます応援したくなりました。キャンプのテーマは「イエスのせなかに憧れて」だと知らされました。私は22歳から伝道者、牧師として52年間、メッセージを語ってきましたが、一度も「イエスの背中」に焦点を当てて語ったことがありません。その斬新な切り口にも魅力を感じて、取り組んでみようと思い、OKをさせていただきました。その日から約10カ月、「背中」というテーマにアンテナを上げて準備をしてきました。
 そしていよいよその当日になりました。全国から続々、医療や福祉にかかわるプロの方々や学生たちが集まって来ました。私は車で初めての道を使って約1時間で到着しました。私の役割は3日間にわたり「イエスのせなかに憧れて」というテーマと、主題聖句「人の子が来たのも、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり、また、多くの人のための、贖いの代価として、自分のいのちを与えるためなのです。」(マルコ10:45)から3回の主題講演です。①「仕える者として生きる」②「与える者として生きる」③「イエスの背中を見つつ生きる」 がそれぞれの講演題です。
キャンプの主題の大ポスター


 10日、11日には盛りだくさんの分科会がありました。どれも興味津々のテーマですが、私もいくつかを選んで参加させていただき、多くのことを教えられました。
 死を目前にすると、それまでの人生が走馬灯のように見えると言われますが、今回のキャンプでは、私の人生の節目節目の証言者が現われて、いやがうえにも人生の走馬灯を見る数日間となりました。もしかすると、私もそろそろ?

①私のさびしかった少年時代
 2日目の分科会では金沢の「かないわ病院」の院長で精神科医である岡田淳夫(あつお)先生の部屋に入らせていただきました。岡田先生にはこれまでもいろいろとお世話になっています。多くの示唆に富んだ「証 精神科医として」を聞かせていただきました。
 その自己紹介で、「私は高知県の土佐清水市の生まれです」にまずギョッとさせられ、「母は土佐清水市中の浜小学校の教師をしたことがあります」にギョッギョッとさせられました。
 休憩時間にさらに詳しくお聞きすると、お母様の岡田温子(あつこ)さんは2011年に亡くなられたとのことですが、生前に聞かれたそうです。「中の浜小学校にいた横山幹雄さんを知ってる?」「幹雄くんなら覚えてる。その家は小学校の真ん前にあった」とのこと。ギョッギョッギョッです。


②青年時代の金沢での最初の開拓伝道
 このキャンプには北海道からも九州からも参加者がありました。北海道から参加された厚別福音キリスト教会牧師 吉田浩二先生は、医者でもあります。彼は、私が22歳の時から携わった金沢での初めての開拓伝道の際に、その泉野聖書教会の教会学校に小学校の低学年の頃から出席していました。
 彼の分科会「自殺者のキリスト教葬儀」に出させていただきました。会場にあふれるほどの参加者で、このテーマへの関心の深さを知らされました。その内容は実に慰めに満ち、知恵に満ちた、そして聖書的にも深いものを感じさせられる貴重なものでした。あの教会学校の子どもが、キリストを信じ、クリスチャン医師となり、さらには慰めに満ちた牧師として北海道の地で活躍していることに大きな励ましと喜びを覚えます。


③神学校時代の第2の教会開拓
 このキャンプにEMFをその最初からずっと支え、導いて来られた稲葉裕先生が出席しておられました。ずっと以前からお顔だけは遠くから見てはいましたが、今回は親しく、様々に語り合うことができたことは大きな喜びです。稲葉先生は現在は救世軍 清瀬病院の院長として現役で働いておられます。また所沢聖書教会に属して40年以上の教会生活をしておられます。
 私が泉野聖書教会の働きを進めて行く中で、やはり神学校できちんと学びと訓練を受ける必要があると示されて、東京東久留米にあった日本キリスト神学校で学んでいる際に取り組ませていただいた教会開拓の実がこの教会です。公民館から始まり、会社の空き部屋や、古い一軒家などを転々としたその初期でした。神学校を卒業後、その教会の牧師として続けるようにとの願いを受けましたが、私は石川県での働きに導きを感じてお断りをして、神学校時代の親友 柳吉弥太先生にお願いしました。それからずっと柳先生はこの教会を育て、40年以上忠実に導いてくださっています。現在、新会堂建設中とのことです。


④30歳から37年間の内灘聖書教会時代
 内灘に導かれたのが30歳の時でした。未熟で土佐のいごっそう丸出しで信徒となかなか馴染めず、問題ばかりの開拓初期でした。そんな初めからずっとこの教会の信徒、役員として忠実に主に仕え、教会に仕えてくださっているのが近藤邦夫先生と奥様の政子先生です。今回のキャンプの3日目に特別講演「主に支えられて~医療人として~」を近藤邦夫先生が担当してくださいました。クリスチャン・ドクターとして地域に絶大な信頼をかち得て、石川県の医師会会長という重い責任もずっと担われています。
 私の内灘時代は、まさにこのご夫妻がいてくださったからこそ37年間もの長い間、働くことができました。そんな時代の証言者がこのお二人です。

特別講演の模様…奥様とのことを語っておられます


 このように、私のさびしかった子ども時代を知る方のこと…そのさびしさがキリストの愛へと私を運んでくれました。そして伝道者の道へと導かれ、金沢時代~所沢時代~内灘時代とまさに走馬灯のように、その証言者たちが目の前に現われた3泊4日間でした。不思議な感覚に襲われます。なんだこれは?天国が近いのでしょうか?

 キャンプの合間に能登の鳥に会いに行こうとカメラも持参したのですが、そんなゆとりは全くありませんでした。やっと今朝の5時から明け始める中で、ホテルの窓から外の松林にカメラを向けて鳥の姿を探しました。いろいろなさえずりが聞こえるのですが見えません。すると大きな黒いかたまりのような鳥が目の前にやって来ました。ほんの30秒ほどでしたが、あわててシャッターを切りました。まだ薄暗い中で、手持ちの撮影ですからすべてブレブレの写真しか撮れていません。一枚だけ、何とか姿を確認できるものがありました。これは何だ?いろいろと当たってついに分かりました。イソヒヨドリのメスです。すぐ近くが千里浜海岸です。波打ち際の砂浜を車で走れることで全国的に有名です。
ホテルの窓から…明るくなってから 左側の緑の屋根は温泉棟です。三日間、朝風呂を楽しみました。野鳥のさえずりを聴きながらの露天風呂は最高でした!
 



 100人以上の参加者で、こんなにもクリスチャンの医療、福祉関係者がいるという励ましを与えられます。ひとりの若い女性が、ニコニコしながら私をめがけて近づいて来ます。「だれ?この女の子は?」と必死で私の中の人名帳を繰って考えていました。「みやこです。」「エッ!たなかみやこちゃん?」「そうです。」「いくつになったの?「21です」
 内灘を去って6年ですから、15歳は21歳の大人になるのは当たり前です。金沢大学で理学療法士を目指す3回生だそうです。今回のキャンプには私の霊の子どもや孫たちが大勢参加していました。そんな子どもたちが「主にあって堅く立っていてくれるなら、私たちは今、生きがいがあります。」(第1テサロニケ3:8)

田中実耶子さんです。


 このキャンプの準備委員長として活躍した森河莉央さんは金沢医科大学の5回生です。立派にキャンプを企画し、準備し、見事にリードし、進めている姿を見ながら、じいちゃんは目を細めていました。莉央ちゃんに見送られて、キャンプ場を後にしました。ありがとう、おつかれさま!
 莉央さんです。このキャンプには莉央ちゃんのファンがいっぱいいました!私もそのひとりです。




雨に打たれる修行僧?
2017年07月26日 (水) | 編集 |
 雨があがり、今日の最高気温が30度を下まわりました。涼しい風が吹き始めた夕方、家内に背中を押されて散歩に出かけました。久しぶりの外歩きです。
 近所のユリの花にベニスズメが蜜を吸いにやって来ています。スズメガの一種で、美しい色をしています。


 長い口をしています。


 私たちの住んでいる団地が次第に暗闇に包まれてゆきます。ほっそりした月が見えています。


 昨日、大雨洪水警報が発令中のどしゃ降りの中、隣家のテレビアンテナにキジバトが2羽、雨に打たれながらじっと目を閉じて耐えています。どこかで雨宿りすればいいのにと同情したくなりましたが、自然の脅威に逆らわずじっと耐える術を身につけているようです。


 アップで見ると、滝に打たれる修行僧のようです。


 この日曜日の礼拝は「となみ野聖書教会」の創立5周年記念礼拝でした。皆さんが持ち寄ってくださったご馳走を、お腹いっぱいいただきました。まだ全部並んでいないうちに写しました。






日野原重明先生、羽鳥明先生、ありがとうございました!
2017年07月20日 (木) | 編集 |
 前回のブログ更新から3週間以上経ってしまいました。ある方は「まだ生きてるの?」とご心配くださったようですが、まだ生きております!この連日の暑さの中で、鳥見に出かける気力もわかず、鳥との出会いの写真がないと、ブログでご披露するという楽しみもなくて、遠ざかっていました。

 昨日、急に思い立って書斎の模様替えをしました。すると気分も変わり、快適な雰囲気の中でブログ更新に取り掛かることができました。押し入れに死蔵されていた沢山のクラシックのCDを机のそばに整理して置くことができました。そのCDを聴きながら、エアコンの冷房の効いた部屋でこれを書いています。

 今の大きな楽しみは庭の家庭菜園の収穫です。朝起きるとまずその収穫です。蚊が大発生していますので蚊取り線香をくゆらせる器具を2個腰にぶら下げ、蚊よけの別の器具も腕に巻き、虫よけスプレーをあちこちに吹きつけるという念の入ったフル装備で庭に入ります。それでも恐れ知らずの蚊がズボンの上やほっぺに攻撃をしかけてきます。
 梅雨時のこの季節が収穫の最盛期です。キュウリ、トマト、大葉、スイートバジル、パセリ、シシトウ、ブロッコリーなどが主な収穫です。贅沢な朝食だねと、食べ放題の豊かな野菜を毎朝楽しんでいます。

 現在は、毎日曜日の礼拝説教の準備の他に、8月9日~12日まで行われるEMFサマー・キャンプのための準備に没頭しています。福音的な医療関係者と学生のための全国集会が、今年は石川県を会場に開催されます。その講師に招かれて、3回の主題講演を行わせていただきます。与えられたテーマが「イエスの背中に憧れて」です。これまでに「イエスの背中」というテーマで語ったことがなかったために、魅力を感じ、講師依頼を引き受けさせていただきました。目前に迫ってきましたが、このテーマからイエス様の背中が余りに多くを語りかけてくるために、まとまらずに難儀をしているところです。

 そんな中で、一昨日の18日に日野原重明先生が105歳で召されました。少し時が経ちましたが、4月10日には羽鳥明先生が96歳で召されました。私にとってはとても大きな存在であった二人の先生の召天によって、その背中を深く思わされています。
 羽鳥明先生(1920―2017)はラジオ伝道牧師として永く日本の福音的な教会をリードしてくださいました。内灘聖書教会の開拓の初期にも伝道会の講師としておいでくださいました。教会は貧しく、先生をホテルにお泊めする予算もなく、狭いアパート住まいのわが家に泊まっていただきました。3畳で、そこにはピアノが置いてあったためにやっと布団を敷くだけのスペースしかない部屋に泊まっていただきました。分かりやすい言葉で、親しみのあるあたたかいお人柄で、まったく偉ぶるところのない謙遜な先生でした。先生の伝道メッセージでイエス様への信仰に導かれた方が多く与えられました。
 羽鳥明先生の本


 日野原重明先生(1911-2017)とは個人的な面識はありませんが、その多くの著書によっていつも刺激を受けてきました。先生が召された日の「報道ステーション」で司会者が、「日野原先生は病床にお見舞いに来た方々みんなに『ありがとう』を繰り返しておられたそうです。こちらこそ、『先生、ありがとうございました』」と締めくくったのが印象的でした。
10年ほど前に、金沢に講演に来られて、教会のみんなで参加させていただきました。張りのある声で、元気づけられたことを思い出します。
TVで全国の学校をまわり、「いのちの授業」を開き、いのちの大切さを訴えられる姿も印象的でした。「いのちとは時間です」の言葉に大きなインスピレーションを与えられて、私自身の説教の中でもいつも用いさせていただいています。
「日野原先生、永い間、ありがとうございました!」
日野原先生の本はまだまだあるのですが、近くで見つかったものだけ写しました。


「となみ野聖書教会」は次の日曜日7月23日に「創立5周年記念」を迎えます。2012年7月22日の礼拝からスタートした教会です。小さな小さな群れですが、すてきなイエス様を愛し、慕う方々が集められています。お食事を持ち寄って5歳の誕生日をお祝いする予定です。家内も何を作ろうかと頭をしぼっています。今からその買い物に出かけます。


若い女は美しい。しかし…
2017年06月27日 (火) | 編集 |
 長いブランクでした。申し訳ありません。
昨日は藤井4段の29連勝の歴史的瞬間に立ち会いたくてインターネット放送をつけっぱなしで観戦していました。将棋はまるで分かりませんし、まるで動きのない画面を、それでも緊張して見入っていました。解説者たちの自由な会話だけが素人にも興味津々で楽しむことができました。そして突然の投了。14歳で永い将棋の歴史を塗り替えたのですから驚かされます。
 昔のアルバムを引っ張り出して、自分の若かりし日を思い出しています。まだ髪の毛がフサフサで、ほっそりしていた自分の姿が、他人のように見えてしまいます。奥様の若い日々、はつらつと輝いて何と美しいことかとうっとりさせられます。もちろん、ある詩人の言葉「若い女は美しい。しかし老いた女はもっと美しい」が真実だと分かっていますよ!
 この日曜日は、年に一回の富山恵みバプテスト教会での奉仕の日でした。毎年、ツバメの季節に伺っています。今年も、約束通りにツバメの家族が待っていてくれました。まずは、ご挨拶。雨の日で薄暗いので、鮮明な写真が撮れませんでしたが、ヒナの元気な大口が見えます。


 ヒナの口に頭を突っ込んでエサをやっています。


 恵みバプテスト教会です。5年前から牧師不在の教会ですが、役員たちがしっかりと教会を守り、多くの信徒たちで教会は恵まれています。行くたびにこちらが教えられ、励まされます。午前の礼拝、午後の伝道会と、多くの方々が出席していました。一日も早く、良い牧師が導かれますように。





やるせない日々の楽しみは
2017年06月08日 (木) | 編集 |
 6月に入ってもう1週間以上経ちました。北陸も梅雨入りのニュースが近そうです。今日も雨が降り続いています。庭の野菜たちも恵みの雨を受けて活き活きとしています。
 にもかかわらず、この晴れない心はどうしたことでしょうか?14歳の中学生の藤井4段の23連勝や卓球世界選手権での日本の快進撃など華々しいニュースの中で、わが巨人軍の12連敗というワースト記録更新は日本中の巨人ファンの心を梅雨空にしています。全国からのため息が聞こえてくるような毎日です。楽しむはずの野球のテレビ観戦が、イライラとため息ばかりを引き出しています。どこで歯車がかみ合わなくなってしまったのか、リードしていても勝てる気がしません。そして予想通りにひっくり返されてしまいます。巨人ベンチの暗いこと!みんな必死なのでしょうが、すべてが空回りです。ああ、なぜ巨人ファンになってしまったのだろう、他のチームのファンだったらもっと愉しい日々を送れるのに…とチラッと思いますが、幼い日に刷り込まれてしまった巨人愛は消そうとしても消えません。こうなればどこまで落ちるか、最悪記録の更新を見届け、そこからのメイク・ミラクルを期待しましょう。「罪の増し加わるところには、恵みも満ちあふれました。」(ローマ5:20)が何故か思い出されました。
 気分を変えるために、雨が止んだ庭を見て歩きましょう。
 初めて植えたイチゴの実が色づいてきました。


 ブロッコリーも見る見るうちにふくらんできました。明日ぐらいに収穫でしょう。


 グミの実が赤くなってきました。野鳥たちが食べないかと植えたのですが食べてくれません。


 キュウリの花


 ジャガイモの花


 トマトの花


 念願だった山椒が根付き、葉が茂っています。毎日の食卓にすばらしい香りで楽しませてくれています。


 今年は庭の一画にパセリが群生しています。昨年のパセリが花を咲かせ、種をばらまいた結果でしょう。期待した大葉は少ししか出てくれませんが…。


 プランターにはスイート・バジル、西洋パセリ、シュンギク、イチゴ、サンショウが。右の何も生えていないプランターには大葉の種を蒔きました。


 アゲハチョウの幼虫がスダチの葉を食べて日増しに大きくなっています。


 アマガエルもわが家の可愛い住民です。


 朝、庭から収穫してきた野菜たちがテーブルを彩ってくれます。


 今朝の朝食はナンと野菜サラダ。贅沢な食事です!しばらく前から減量作戦に入っていますが、巨人連敗のもやもやからダイエットを忘れてしまいそうです。


 リビングから見上げると電線にハクセキレイが止まって美しい賛美を聞かせてくれています。


 背後の空に飛行機雲ができました。


 それが見る見るうちに姿を変えて大きな天使の羽根のような雲の帯になりました。


 数日前に緑地公園で出会ったヤマガラの写真です。


 BSの「にっぽん縦断 こころ旅」では今週、火野正平さんが富山県の各地を自転車で訪れています。一昨日は小矢部市の宮島峡の一の滝でした。私たちの鳥見の場所です。カワガラスやキセキレイ、カワセミに会える素敵な場所です。そこでヤマセミとすれ違いながら写真に撮れませんでした。放送を見ていて、急に行きたくなってきました。天気になれば明日にでも…。