おお、ヒバリ
2016年04月28日 (木) | 編集 |
 この季節、部屋にいても、庭で作業していても、家内のお伴で買い物に行って駐車場で待っている時も、もちろん散歩中も、いつも聞こえてくるのはヒバリのせわしないさえずりの声です。その声を聞くと、どうしても天を見上げてその姿を探します。私たち夫婦が空を見上げている姿を、通りかかった方々は不思議そうに見ています。私たちからすると、揚げ雲雀の素敵な光景を見ようとしない人達の方が不思議に見えます。そのすばらしいさえずりも耳に届いていないようです。と言っても、5年前まではそれが私たちの姿でした。天からいつもその声がシャワーのように注がれていたのに気づかず、天空のひばりショーを見ようともしなかった私たちでした。
 もう少し、生活にゆとりのあった昔の人々は、ヒバリの声にもっと親しんでいたようです。松尾芭蕉の句です。 
 「永き日も さえずりたらぬ 雲雀かな」

 一茶も、ヒバリが繰り返し天に昇ってさえずる様子をこう描写しています。
 「御日さまに はなし残りのあるように 今のひばりの また上るなり」
太陽にさっきの話の続きをするためにまた上っているよと言うのです。空高くで「ピーチク、パーチク」としゃべり続けるヒバリの姿をメルヘンチックに描写しています。
 同じ一茶に、こんな句があります。メルヘンチックの真逆な光景ですが、時代を感じさせられます。
  「むさしのや 野ぐその伽(とぎ)に 鳴雲雀」
 公衆トイレの無い時代です。草むらで用を足している耳を喜ばせてくれるヒバリのさえずりを詠んだのです。

 教科書で読んだ、ロバート・ブラウニング作、上田敏訳の詩は有名です。

 時は春
 日は朝
 片岡に露みちて
 揚雲雀なのりいで
 蝸牛(かたつむり)枝に這ひ
 神、そらに知らしめす
 すべて世は事も無し

 上田敏の名訳です。The lark’s on the wing (雲雀とび)を、「揚雲雀なのりいで」と訳しています。自分の名を名乗って現れる…ヒバリが縄張りを宣言して名乗りながら上昇し、ひとしきり鳴き続ける様は、まさに「名乗り出で」がぴったりです。

 今年は、まだ揚げ雲雀の姿を写真に収めていません。散歩に出るという家内を、「私も行く!」と呼び止めて、大急ぎでカメラを取りに走りました。すると家内は、「また写真?私はさっさと歩きたいのに」と不満顔です。鳥を見つけると、立ち止まり、ひたすら写真を撮るために、十分に歩けないと言うのです。しかし、私とすれば、大きなカメラを抱えて一人で歩き回るのには抵抗があります。怪しい奴と思われるのではないかと。家内と一緒にいると、平気でカメラを抱えて歩けます。家内には申し訳ないのですが、連れて行ってください!気弱な夫を見捨てないで!

 住宅街のまわりは田園風景が広がっています。あちこちで田植の準備が始まっています。耕運機が進む後から、アオサギが群れ何かをついばんでいます。風に吹かれるアオサギの後ろ姿は芸術的です!


ヒバリが上がりました。ああ、今年最初の揚雲雀の撮影ができました。


ひとしきりさえずって、急降下で下りてきました。


地面に近づくと、着陸態勢に入った飛行機が車輪を出すように、ヒバリも両足を出して着陸態勢で急降下です。


地面に降り立ったヒバリの姿をなかなか捉えることができません。何度も追いかけて、やっと撮ることができました。


別のひばりが、また上がりました。


この日は、ヒバリの撮影に成功して満ち足りて家路につきました。家内はどうだったか分かりませんが、私は大いに満足できました。

 メンデルスゾーンによる合唱曲「おお、ひばり」(高野辰之 訳詞)で、今日はしめくくりましょう。
 おおひばり/高くまた/軽(かろ)く何かを歌う
 天の恵み/地の栄え/そを称えて歌い/そを寿(ことほ)ぎ歌う


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