セミリタイアのぜいたくな日々
2016年07月21日 (木) | 編集 |
 大橋巨泉さんが亡くなったという報道を見ていると、彼が56歳の時にセミリタイアしたというナレーションが耳に残りました。完全なリタイアでなく、半引退を表わす言葉として用いられているようです。私の状況を言い表すのにぴったりの表現です。内灘聖書教会を退職してからの生活は、完全な引退ではありません。生活のペースを思いっきりギアチェンジしてゆっくり、ゆったりにしましたが、新たな教会開拓に挑戦し、原稿執筆も続けていますからこのセミリタイアがぴったりです。
 的確な言葉を知ると、それまでもやもやとしていた風景がピシッとピントが合ったような、納まりの良さを感じます。

 そんな言葉が最近、いくつかありました。すべて病名ですが…。
一ヶ月ほど前、右腕の肘のあたりに丸いしこりができて、砺波総合病院で検査を受けました。「心配ありません。これはガングリオンというゼリー状のかたまりです。放っておいても心配ありません。」と安心させてくれました。
 「それよりも、あなたのその右腕!いやあ、珍しいですねえ。教科書では知っていましたが、本物を見るのは初めてです。参考のために写真を撮らせてください。」
 私が小学5年生のころ、土佐清水市中ノ浜の堤防を走っていて足を踏み外し転落。右腕を骨折。担ぎ込まれた接骨医での治療がまずくて、腕の関節あたりで外側に変形して曲がってしまいました。同じ接骨医にかかった多くの人が同じ形にされています。
 「これは肘部管症候群(ちゅうぶかんしょうこうぐん)と呼ぶんですよ。これがそのパンフレット!」見ると、症状として手がしびれ、やせるとあります。まさに私の症状です。数十年前にその症状がひどくなり、ペンも持てなくなって手術を受けていますが、今もまだしびれがあり、正常な左の手に比べると大分やせています。その原因の一つに、「子どものときの肘の骨折による変形」とあります。
 「へえ!れっきとした病名がついているんだ!」と驚きながら、納得させられました。60数年、この曲がった腕と付き合ってきましたが、その症状の名前を知って、何となく安心しました。
 今どき珍しいという肘部管症候群を皆さんにもご披露しましょう。肘の部分で曲がっているのがお分かりでしょうか?


 一ヶ月ほどにもなる目の痛みは、病院でいただいた薬の効き目がなく、いまだに「痛い痛い」の連続で悩まされています。こうやってパソコンに向かっていても、画面の字がにじんで見えています。目ヤニでまぶたが開かなくなり、しばしば手で目を開かなければならない始末です。この状態ですから車の運転も危険です。
 この目の症状は、「眼瞼縁炎」(がんけんえんえん)と呼ぶらしいです。残念ながら、その病名が分かっても、ピシッとピントが合ったようには見えてきませんが…。

 こんな目の症状ですが、しょぼしょぼの目でひたすら本を読み漁っています。讃美歌の作詞者、作曲者についての本を買いあさり、読みあさっています。礼拝で賛美をする時に、その賛美についての背景を少し語ってからということを始めてから、その楽しみにはまってしまいました。思いがけない発見がそこに隠されていて、これまでただ歌っていた讃美歌が、急にその深みを増して、賛美そのものが変えられるのを感じます。日本語の関連書だけでなく、洋書まで取り寄せて読んでいます。おかげで英語のブラッシュ・アップ(ブラシがけ)に役立ち、良いボケ防止にもなります。
 今度の日曜日の礼拝で賛美する一つは「キリストには代えられません」です。その作曲者のジョージ・ビバリー・シェー本人が、この賛美を武道館や後楽園球場で歌うのを生で聞いたことがあります。
 ビバリー・シェーです。ネットからコピーした写真ですが…。


  1909年生まれのシェーは、2013年に104歳で亡くなっています。シェーが93歳のときの言葉があります。
「長く生きるということは、持っているものを次から次へと失って行くことです。でも私にとって年を重ねることは恐怖ではありません。私は何かを失うにしたがって、ますますイエス・キリストの存在が自分の中に広がって行くのを感じるからです。天国の希望がますます豊かになっていくからです。」
 こんな素敵な言葉に出会う讃美歌物語を訪ねる学びは、興味尽きない楽しみになっています。

 今朝の収穫です。キュウリ2個の収穫のつもりで出てみると、葉のかげに隠れて合計5本を摘みました。特にそのうちの一本は、見落としていたために大きく育ってました。毎朝、採りたてを食べるぜいたくさを楽しんでいます。




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