静かに、落ち着いて、信頼すれば
2016年08月02日 (火) | 編集 |
 目の調子が悪く、発症して2カ月にもなるのに、未だに「痛い、痛い」を連発しています。ブログを更新する気力さえ奪われています。かといって病院に行く気にもならず(2度行きました)、ひとり悶々です。目を閉じているのが一番楽なので、夜は報道ステーションも見ずに、その前には就寝です。朝めざめても、目を閉じたままじっと耐えています。
 一番良いのは、何もしないで、じっと耐えて、自然治癒力に身をゆだねて…イエス様の御手に身を任せていることだと分かっています。しかし、その「何もしないこと」「身を任せること」が難しいことだと実感しています。
目が痛い、痛がゆいときに採る方法は…
①売薬の目薬をさす
②病院で出た目薬をさす
③ホウ酸をお湯で溶いて、脱脂綿で目を洗う
④タオルにお湯をかけて、目の上に置く
⑤お湯で目を洗う
⑦水で目を洗う
⑧手で目をこする

 こうした選択肢の中を右往左往しながら分かったことは、「何もしないことが一番良い」ということです。しかし、それが一番難しい。そんな悶々の中で聖書のみことばが迫ってきます。
 イザヤ30:15
「神である主、イスラエルの聖なる方は、こう仰せられる。
『立ち返って静かにすれば、あなたがたは救われ、
落ち着いて、信頼すれば、あなたがたは力を得る。』
しかし、あなたがたは、これを望まなかった。」

 救いの方法は、静かに、落ち着いて、信頼して、主を待ち望むこと!
「しかし、あなたがたは、これを望まなかった」の言葉に責められます。

18節「それゆえ、主は あなたがたに恵もうと待っておられ、
あなたがたをあわれもうと立ち上がられる。
主は正義の神であるからだ。幸いなことよ。主を待ち望むすべての者は。」

 次の日曜礼拝で賛美する曲の一つが新聖歌251「主イエスの御側に」です。
この讃美歌の作詞・作曲はクリーランド・B・マッカーフィー(1866~1944)というシカゴ第1長老教会の牧師です。1901年、彼の元に、二人の愛する姪がジフテリアにかかって死んだというニュースがもたらされました。彼は大きな衝撃を受けます。そんな悲しみの中で、いったい次の礼拝で何を語ればよいのだろう、何を歌えばよいのだろうと困惑します。そんな中で、彼は自分自身の心を慰めるために詩を書き、それに曲をつけました。その曲をまず二人の娘を失うという悲しみのどん底にいる兄弟の前で歌います。次の日曜日、彼の教会で聖歌隊が歌いました。それ以来、この賛美は世界中に広まり、多くの人々を励まし、慰め続けています。インターネットで検索すると、この賛美に付けられているイラストに胸が打たれました。
 今日は写真がありませんので、そのイラストをここに貼らせていただきます。



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